新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、医療現場におけるテクノロジー活用が見直されています。私たちの命を預かる現場だからこそ、医療格差の是正や医療サービスの品質向上は重要な課題でもあります。そこで今回の記事では、そもそも医療業界はどのような問題を抱えていて、ITによってどのような解決策が見込めるのか詳しく見ていきましょう。
また、次世代の医療を支えるための核となるテクノロジーの一例も紹介しますので、ぜひ最後までお読みいただき参考にしてみてください。
目次
医療現場が抱える問題
はじめに、現在の医療現場ではどのような事柄が問題になっていて、その結果私たちにどのような影響が出ると考えられるのかを解説します。地域や医療機関によっても問題はさまざまですが、今回は代表的な3つのポイントに絞ってピックアップしてみました。
慢性的な人手不足
公益社団法人 日本看護協会が2018年に調査した結果によると、看護師の離職率は毎年10%前後で推移しており、これは他の業界と比べてみても高い数値といえます。また、「今後の看護職員数の増減予定」という質問項目を見ても、ほとんどの部門が増やす予定、または同数程度を確保する予定というアンケート結果となっており、看護師はほとんどの医療機関において不足している傾向にあることが統計的に見ても分かるはずです。
特に入院患者を収容する病棟部門においては看護師不足が顕著に現れており、全体の約4割にあたる医療機関が今後看護師の数を増やす意向があるという結果も出ています。
そもそも医師や看護師といった医療従事者は、専門的で高度な知見や資格が求められることもあり、他の業種に比べて収入も高く安定した生活を送ることができる職業です。それにもかかわらず離職者が多い傾向にあるのは、労働環境の厳しさが最大の理由のようです。
特に病棟勤務や救急医療を担う医療機関では、昼夜を問わず患者をみる必要があるため夜勤など不規則な勤務体制になりがちです。その結果、自分自身の家族を犠牲にしたり職場の人間関係が悪化するなどして、退職を検討せざるを得ない状況に陥ることも。
また、そもそも業界全体が人手不足に陥っているため、看護師一人あたりにのしかかる業務量も増加し、体力的についていけずに退職をせざるを得なくなるケースも多いようです。
参考:公益社団法人日本看護協会広報部
対面によるコミュニケーション
医療現場では患者と対面によってコミュニケーションを図り、本人から症状を聞いたり体の様子を見るなどして診断を行うのが大前提となります。
しかし、今回の新型コロナウイルスの影響によって、患者と対面で向き合うこと自体がリスクを孕んでしまうケースが相次ぎました。十分な感染対策を行っていたにもかかわらず、院内感染が拡大し病院自体がクラスター化した事例もあり、地域の医療を担う現場が休診を余儀なくされたのです。
もちろん、対面でなければ判断が難しく診察ができないケースも多いですが、患者の状態や症状によっては必ずしも来院が必要とは限らないものです。最近ではオンラインでビデオ通話なども可能になっているため、オフラインでの対面診療ではなく、可能な範囲内でオンライン診療に移行していくことが求められています。
特に今回の新型コロナウイルスでは、初診からでもオンライン診療が認められるようになりましたが、医療現場で働く医師や看護師の負担を軽減させるためにも、今後もこのような取り組みを継続していくことが重要です。
デジタル化に対応した業務フロー
医療機関での業務を細分化していくと、一般企業ではデジタル化されているような業務であるにもかかわらず、病院ではアナログな業務フローに頼っているケースがまだまだ多く見られます。たとえば医師の場合、診断書の作成や処方箋の記録、入院患者の退院調整業務など、これ以外にも多岐にわたります。
現在では電子カルテのようにデジタル化の流れも大きくなりつつありますが、全ての病院がデジタル化に対応できているとはいえない現状があります。人の命を預かる業種だからこそ、ITに頼りきりになるのではなく、高度な知見を有した医師や看護師の判断が求められることは事実です。しかし、基本的な事務作業などは人間の手によってミスが起こるケースも考えられるため、自動化によって業務効率の向上が見込める部分は積極的にデジタル化していくことが重要といえるでしょう。
- 慢性的な人手不足
- 対面による感染症リスク
- 従来のアナログな業務フロー
医療分野におけるIT活用の一例
医療分野ではどのようなIT活用が考えられるのか、今回は代表的な活用事例を5つ紹介します。
電子カルテ
電子カルテは医療分野におけるIT活用の第一歩として挙げられることが多い事例です。その名の通り、患者のカルテ情報を書類ではなく電子データによって保存しておくもので、実際に電子カルテを導入している医療機関も続々と増えてきています。
2000年代初頭から電子カルテを広く普及させていくさまざまな取り組みが行われてきたのですが、医師や看護師のITリテラシーの問題やシステム開発にかかる金銭的な負担、情報漏えい対策やシステムそのものの信頼性といったさまざまな問題によって導入を見送る医療機関も多かったのです。
現在では自らサーバーをたてて運用するオンプレミス環境ではなく、クラウド上で管理できる仕組みが確立されているため低リスクで運用できるようになっています。そのため、電子カルテが登場した初期に比べれば導入ハードルは低く、安心して導入できるはずです。
デジタルサイネージによる情報共有
待合室での患者の呼び出しや処方薬の受け渡し時などに役立つのがデジタルサイネージです。これまでは順番が来たら患者の名前や番号を担当スタッフが読み上げて対応していましたが、自分自身の順番が回ってきても気付かないケースも少なくありませんでした。
そこで、デジタルサイネージも併用することによって、自分の番号まであと何人いるのかを確認でき、担当スタッフも毎回大きな声で呼び出す必要もないため業務負荷が軽減されます。
遠隔診療
新型コロナウイルスによって大きな注目を集めたのが遠隔診療です。これまでのルールでは初診時は必ず来院によって医師の診察を受ける必要があったのですが、感染リスクを抑えるために初診であっても遠隔診療の対象に含めることとしました。その結果、多くの患者は外出することなく安心して自宅で診察が受けられ、医師の判断に基づき来院や薬の処方が可能になりました。
AIによるガン診断システム
常に死因の上位に挙げられているガンという病気は、レントゲンやCTスキャン、内視鏡などさまざまな手法によって医師が判断し治療を行います。しかし、ガンの発生箇所や進行度合いによっては見落としたり発見が困難なことも多く、気付いたときにはすでに手遅れになっていることも。
そこで、さまざまな研究機関でAIによるガン診断システムが開発されています。内視鏡の画像データをもとに判断するものや、血液から判断するものまで多様であり、医師の診断よりも高い検査精度を誇るものもあります。
介護ロボットの活用
医療分野と関連性が高く、人手不足に悩んでいる介護業界ではロボットの活用も検討されています。一口にロボットといっても人間の形をした一般的なロボットだけではなく、介護職員が装着するスーツ型のロボットや、コミュニケーションを目的としたロボットまでさまざまです。肉体的、体力的な消耗を軽減するだけではなく、介護職員の精神的なケアにも役立つと期待されています。
- 電子カルテ
- デジタルサイネージによる情報共有
- 感染リスクを抑える遠隔診療
- AIによるガン診断システム
- 職員の負担を軽減する介護ロボット
医療×ITを支援するテクノロジー
医療分野ではさまざまなIT活用事例がありますが、これらを構成するために必要不可欠で核となるテクノロジーが存在します。今回はその中でも代表的なものを4つピックアップしてみました。
5G
次世代通信規格である5Gは、さまざまなデバイス同士をつなぐ高速ネットワークインフラとして活用が期待されています。従来の4Gよりも高速で遅延も少ないことから、特に遠隔診療においては大きな効果が期待できます。
IoT
遠隔診療やデジタルサイネージ、介護ロボットなど、あらゆる活用事例において期待されているのがIoTです。さまざまなセンシングデバイスや制御用デバイス、情報端末など、ネットワーク上でデータを共有するためには必要不可欠なテクノロジーといえます。特に遠隔診療においては、将来的に体に身につけるウェアラブルデバイスから脈拍や体温などのデータを取得し、診察に役立てることも考えられるでしょう。
AI
今回はガン診断システムとしてAIの活用事例を紹介しましたが、これ以外にもあらゆるケースにAIが活用されると見込まれます。たとえば介護用ロボットの場合、利用者との話し相手になるようなコミュニケーションロボットを開発するうえで、自然言語処理や音声認識といったAIの技術は欠かせないものです。また、音声認識技術を組み合わせたデジタルサイネージの開発も進んでおり、これがあれば総合受付のような機能をデジタル化でき、人手不足解消にも貢献できると考えられます。
ロボット
スタッフの肉体的負担を軽減するために不可欠な存在となるのがロボットの存在です。必ずしも人間の形である必要はなく、目的に合わせて最適な形状で構成します。医療現場で使用することを前提に考えると、万が一何らかの理由で利用者や患者に危険が及びそうになったときの安全対策も万全に講じる必要があります。
今後も高度な医療体制を維持していくために
医療現場では深刻な人手不足が続き、今後もこのような傾向は深刻化していくと考えられます。これまでと同じ方法や考え方のままで高度な医療体制が維持できるとは考えづらく、現場の負担を軽減し効率化を図っていくことが最大の課題といえるでしょう。今回紹介したIT活用はあくまでもほんの一例であり、今後次世代のテクノロジーを核として新たなサービスや支援システムが続々と登場すると考えられます。